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東京高等裁判所 昭和24年(新を)2345号 判決 1950年6月19日

控訴人 被告人 高村博

弁護人 高柳愿

検察官 一ノ瀬長治関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

弁護人高柳愿の控訴趣意は別紙同弁護人名義の控訴趣意書の通りである。これに対し当裁判所は左の通り判断する。

原判決は被告人が第一、法定の除外事由がないのに昭和二十四年二月下旬頃から同年三月上旬頃に至る間約数回に亘り小笠郡掛川町緑町の自宅に於て石川好夫当十八年より売却方依頼を受けて刄渡約九寸五分の短刀一振を隠匿不法に所持し、第二、同年三月上旬頃石川好夫の所有である前記短刀一振を掛川町掛川福寿司こと鈴木留吉方附近で藤井暹に金一千円にて売渡したがこの代金を石川に手交せずその頃同町附近において擅に生活費其の他に消費横領したものであると認定し、この証拠として被告人の公判廷における供述、公判廷における証人浅岡友吉、同藤井暹の各証言を掲げ、銃砲等所持禁止令第一条、第二条、刑法第二百五十二条第一項等の法令を適用したことは所論の通りである。原判決に所論のように(一)、右第二事実について事実誤認(二)右第一事実について量刑不当があるかどうか、(三)本件犯行が所論の窃盗罪の前に行われたものであるか否かについて順次案ずるに、(一)原判決が挙示する原審第一回公判調書によれば、被告人は本件横領の起訴事実を認め、判示同趣旨の供述をしているのであるが、これと共に弁護人の間に対し、右短刀は被告人の不在中石川と佐藤という男が来て妹と共に飲酒し、妹が醉つていたので被告人が帰宅後叱ると、石川が俺は死ぬといつて短刀を取り出して死ぬような格好をしたので、危いと思つて、石川から取上げその夜は被告人方に寝かしておいたところ翌朝石川はその短刀を何処かえ売つてくれと言つたので預つた。これを母が見つけて注意を受けたので、石川に返した。その後被告人の不在中友人浅岡友吉が右短刀を被告人方へ置いて行つたので、被告人は石川が浅岡に対し、売却方を依頼して来たと思つた。しかし後に石川に聞くと浅岡が二、三日貸して呉れと言つたので、浅岡に貸したものであつたと述べていて、弁護人は委託関係は返還によつて中断したと主張した旨記載され、原判決の挙示する原審第三回公判調書によれば原審証人浅岡友吉の証言として、被告人は一度石川好夫から売つてくれと言つて短刀を預つた旨の原審認定事実を認めるに足る記載があるけれどもこれと共に続いて被告人は母に大いに叱られ短刀を石川に返した。その晩私と石川が帰る途中私に短刀を売つてくれと言つて渡したので二、三日貸してくれといつて短刀を預つた。その翌日高村のところに出勤したとき短刀を持つて行つたが井戸堀の手伝に来て呉れと使が来たので西郷村へ行つた。その時高村は留守だつたから短刀はミシシのすぐ傍の切屑籠の中に入れて置いた旨の記載があり、以上の各記載を彼此対照しその他記録を精査検討すると被告人は一旦右短刀を石川に返還したところ、再び切屑籠の中から短刀が出て来たので、石川が再び売却方を依頼するものだと思つて右短刀を処分したのであるが、石川好夫は一旦返還された後再び被告人に売却方依頼したことはなく、浅岡が石川から借受けて仕事の都合上置場所に困り被告人方の切屑籠の中に入れておいたものを被告人が偶々これを発見し前記の誤解に基いてこれを取出して占有したものと認めることができ、記録を精査するとこの事実を確認することができる。而して刑法第二百五十二条第一項の横領罪の成立するがためには物の占有の原因が委任、事務管理、後見等の委託関係に基くことを要し、かかる委託関係が存在しない場合即ち遺失物、漂流物、誤つて占有した物件、他人の置去つた物件、逸去した家畜等の場合においては刑法第二百五十四条の占有離脱物の横領罪が成立するは格別、刑法第二百五十二条第一項の横領罪は成立しないものであつて、このことはたとえ犯人が主観的には売却依頼その他の委託関係ありと誤信して他人の物を売却処分した場合(主観的には刑法第二百五十二条の横領罪を認識した場合)でも客観的には委託関係がない限り同様な結論を生ずるものと解すべきである。従つて前記のように被告人と石川との間に一旦成立した委託関係が短刀の返還によつて中断され、たとえ被告人が再び売却の依頼を受けたものと誤信してその短刀の占有を取得したとしても、客観的には委託関係は存在しなかつたような場合にあつては刑法第二百五十四条の横領罪が成立することはあつても、同法第二百五十二条第一項の横領罪は成立しないものと解するのを相当とする。それ故原審には以上の事実関係を誤認しひいて法令の適用を誤つた違法がある。

(中略)

以上説明のように原判決には事実の誤認、法令の違反、量刑の不当があつて、所論は結局理由があるから、刑事訴訟法第三百九十七条によつて、原判決を破棄するが、当裁判所は訴訟記録並びに原裁判所及び当裁判所で取調べた証拠によつて直ちに判決することができると認めるので、同法第四百条但書によつて本件について更に判決することとする。

被告人は、

第一、法定の除外事由がないのに、昭和二十四年二月下旬頃から同年三月上旬頃迄の間静岡県小笠郡掛川町緑町の自宅に石川好夫当時十八年から売却方依頼を受けた刄渡約九寸五分の短刀一振を隠匿して不法に所持し

第二、同年三月上旬頃右短刀を母に発見注意されたので一旦石川好夫に返還したところ、同人からこれを借受けた友人浅岡友吉が、被告人方の切屑籠に置き去つたのを、再び右石川が自己に売却方依頼したものと誤信し、この誤信に基いてこれを前記掛川町福寿司こと鈴木留吉方附近で藤井暹に金一千円で売却してこれを横領し

たものである。

<証拠説明省略>

尚被告人は昭和二十四年五月二日 静岡地方裁判所掛川支部で窃盗罪によつて懲役八月三年間執行猶予の判決を受けたもので、この事実は前記取寄記録中の判決書の記載によつてこれを認める。法律に照らすと被告人の判示第一の所為は銃砲等所持禁止令第一条第二条同令施行規則第一条罰金等臨時措置法第四条に、判示第二の所為は刑法第二百五十四条罰金等臨時措置法第二条に該当するが、以上は前記前科との関係において、同法第四十五条後段の併合罪にあたると共に相互の間に同法第四十五条前段の併合罪の関係があるので同法第五十条によつて本件の罪についてのみ裁判することとし前記のような諸般の情状に照し、それぞれ所定刑中罰金刑を選択し、同法第四十八条第二項によつて罰金額を合算しその金額範囲内で、被告人を罰金三千円に処することとし右罰金を完納することができないときは同法第十八条により金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 谷中董 判事 中村匡三 判事 真野英一)

控訴趣意書

第一被告人は法定の除外事由がないのに昭和二十四年二月下旬頃から同年三月上旬頃に至る間小笠郡掛川町緑町の自宅に於て石川好夫当十八年より売却方依頼を受けて刄渡約九寸五分の短刀一振を隠匿不法に所持し、

第二同年三月上旬頃石川好夫の所有である前記短刀一振を掛川町掛川福寿司こと鈴木留吉方附近に於て藤井暹に金千円にて売渡したがこの代金を石川に手交せず其頃同町附近に於て擅に生活費其他に費消横領したものである。

と云うのである。

二、右の認定事実に関し第一の事実に就いては証拠に依り明白である。併し第二の横領の点に就いては被告が石川好夫の刀を売却し其の金を費消したことは其通りであるが、之が横領罪を構成するかに就いては弁護人として異論のあるところである。則ち右の事実を横領罪と断ずるに就いては右の売却代金が石川の所有であることを前提としなければならないことは論を俟たないところであるのに此金が果して石川のものなりや否やに就いては大いに疑問があるからである。

三、茲で先づ短刀を廻つての当事者間の関係を調べて見ることにする。原審第一回公判調書中被告の供述書記載司法警察員作成の石川好夫及び残岡友吉の各供述調書を綜合すると被告は石川好夫より刀の売却を依頼されて一旦預りはしたが母親より左様なものを持つてはならぬと叱責され石川に返したところが其の場に居合せた友人の浅岡友吉が石川と共に被告方を辞居し石川方に行く途中どういう心算か二三日貸して貰い度いと云うて其刀を石川より借受けた。そして其刀をまた被告方に届けたところが被告は夫を再び販売を依頼されたものと解し之を販売した上其金を暫く持つて居たが当時金に困つて居たので費つてしまつたという関係になつていることが窺れる。尤も石川好夫は原審に於て一旦取戻した短刀を浅岡に渡したのは之を売つて金に換えて貰う心算だつたとも述べて居るが此の点は彼が従来警察等で述べて居るところと反するのみならず刀を渡して後浅岡より被告人に金を請求して居る事実のない点(此点は石川が原審公判廷に於て認めて居る)からみて遽に信用し難い、恐らく之は石川が左様に述べることが被告のためになるのではないかという妙な錯覚から述べたのではないかと推察される。

四、之に由つてみると成程当初は販売委託の目的で刀が被告に預けられたことになつているが此点委託関係を前記の如く被告が刀を石川に返したことに依り解消したとみなければならぬ。被告が再度其刀を入手したのは浅岡が石川より二三日の約束で借り受けた刀を更に被告に渡した関係になつて居り被告は之を販売の委託があつたものと誤解しただけで石川と被告との間に委託関係の成立したと見るべき痕跡は少しもない。而も石川、浅岡間にも販売の委託はない。然らば委託関係のないのに被告は刀を売つたのだから横領ではないかという疑問が生じて来るが被告は委託関係ありと信じて為したこと明であるから横領罪としての犯意を欠如すると云わねばならぬ。

五、では売却代金を費消したのは如何、石川と被告間には委託関係もなければ代理関係もないのであるから此の金銭の所有権は石川に帰属すべき謂れがない。当然売買の当事者たる被告に帰属すると看なければならぬ。

此事は一見奇異の観あるかも知れぬが法律行為の性質上斯く解せざるを得ぬ。従つて被告が此金を費つてもそは自分の所有に属するものを費つたのであるから横領罪とはならない。石川としては刀を預けたのであるから浅岡なり被告に対し刀の引渡を求むべきであり返還不能ならば賠償金を求むる事が出来る。要するに民事関係に過ぎぬ。

六、被告が売却代金の所有権を取得すると同時に右権利が当然石川に移転せられると云つた関係なり代理関係の裏付けない限り所有権の帰属に付叙上の如く論定せざるを得ない。

当事者間の関係叙上の如きものであることは石川が杉山という者を介して刀の返還を求めんとした事実(原審第四回公判調書中石川好夫の供述)に依つても窺ひ得られるが原審が此の点を看過して有罪に認定したことは甚だ遺憾である。

七、仮に一歩を譲り右の委託関係が継続存在していたとしても売却代金を費消したことを横領と断ずるには彼等当事者間の親疎の関係、金銭の多寡、被告人の支払意志又は能力如何を考察せねばならぬ。何とならば之等如何によつては入手代金の一時の流用と云うことも違法性を欠くことに依り罪とならぬからである。

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